1階病棟/小松美智代

 約30年前、大阪府池田市で和菓子と出会う。当時住んでいた池田市は茶所京都にも近く、女子寮から通う私の周囲には、仕事帰りに茶道や華道などといった習い事をしている人が多かった。ご多分に洩れず、私も茶道教室に通い、毎回供される和菓子を楽しみにしていた。時には、高知土産の“土佐日記”が、時には富山県の“薄氷”という名前の菓子が出された。一番好きだったのは、上生菓子と呼ばれる練り切り製のものだった。練り切りは白餡に餅粉と砂糖を混ぜ1時間ほど火入れしながら練り上げて作った菓子生地で上生菓子そのものを指していうこともある。賞味期限は1、2日と短く、素朴な甘さが渋いお茶に良く合う。

 時を経て、昨年、和菓子店主から“寒椿”という上生菓子作りを習った。すでに用意された練りきりを、粘土遊びのように成形するだけだったが、初めての体験! 掌で餡を包み、白と朱の花型に黄色い花芯と緑の葉をあしらう。そうっと黒の台座に乗せて透明の蓋をすれば、何とも愛らしい“寒梅”モドキが完成した。割ってみると、白餡が片寄っていて、お世辞にも上手い出来ではなかったが、それなりに風情が感じられた。以来、和菓子作りにハマってしまった。

 和菓子の最大の特徴は、「七十二候(しちじゅうにこう)」という季節を表現することにあるという。古来より1年を72もの季節に分けており、店頭には、季節の移ろいと共に様々な和菓子が並ぶ。立秋の頃はまだ暑く、透き通った寒天や葛菓子が涼やかに並ぶ。そして、各々には、「初萩」、「観世水」などといった菓銘がつけられており、その響きは、一瞬の季節を切り取ったかのように、鮮烈な印象だ。

 作り手は、菓子を手に取る人を思い、自身のメッセージをこめたり感性を作品に表現する。興味深いことには、伝統的な形と製法がある一方で、職人の感性と技術により、そこにしかない新たな菓子が日々生まれているということだ。例えば、夕暮れの川面に映る夕日を色と形で表現したものなど多彩で創造の自由があることに驚く。

 “ご飯なう(今、ご飯中)”東京に暮らす食いしん坊の息子からラインが届く。よしよし、元気ってことね。学生最後の夏休み、おかぁちゃんが、習いたての和菓子を作るね。たまにはゆっくり家族でほっこりしようや。

 かくして、この熱はしばらく続きそうな気配である。


UP