相談支援室/佐野友衣

 “逝ったものが私たちの胸にのしかかるのは、いなくなったためというより、お互いに言わなかったことがあるためなのだ”――この思いから、人生も残り少ないと悟った老女のオルガが、遠く離れた孫娘への置手紙のつもりで日記を書く。スザンナ・タマーロ著『心のおもむくままに』という小説は、最初から最後まで「孫娘にあてた手紙風の日記」であり、主人公であるオルガの純粋な語りが印象的な作品です。

 私がこの本と出会ったのは学生の頃、様々なことに耐えきれず毎晩泣いていた時期に、母から渡されたのが始まりでした。最初の数ページを読み、その後本棚から動くことのなかったこの本を再び手に取ったのは最近のこと。母の本棚に置かれていたこの本にたくさんの線が引かれていることを知り、自分の部屋に置いてある新品同様の本に申し訳なさを感じたのが再読のきっかけでした。感想は「死ぬまでに読んでおいて良かった」に尽きますが、何度も何度も読み返すほど心に残っています。

 小説に度々出てくる孫娘との追憶を読むと、記憶の片隅にある母方の祖母との思い出が引き出されます。幼い私に、折り紙や刺繍の世界を教えてくれたのは祖母でした。朗らかに笑いながら一緒に折り紙をしてくれたのを覚えています。随分泣き虫で、「別れ」という出来事に一層弱い私は、祖母が福岡に帰るたびに泣きじゃくり、縋りつき、結局「バイバイ」すら言えずに号泣して見送るという情けない姿ばかり見せていた気がします。

 そんな祖母とは一年に何度か電話する程度で、数年は会えていません。最近、祖母は忘れることが多くなりました。カードの暗証番号も、支払いも、分からなくなることが増えました。これからきっと、受け入れなければならない現実と向き合う時が来るのだろうなと感じます。『心のおもむくままに』を読み終えた今、祖母と私には「お互いに言わなかったこと」がたくさんあるように思います。オルガの語りが心に残ったように、祖母との思い出も深く私の中には残っています。それを伝えるべき時は、もしかしたら、今なのかもしれません。

 本というものは、内容は不変であるのに、読む時期や立場によって違った気づきを与えてくれる不思議な媒体です。私がこの本と出会えたように、皆様にも素敵な作品との出会いがありますように。そして私は、上達した折り紙と刺繍作品を携えて、心のおもむくままに祖母に会いに行こうと思います。


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